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どれ位ぶりだろう、ろくに座ってもいられないくらいの高熱が出た。流行のインフルエンザB型だったらしいが、一週間丸まる“ベッドの友”だった。おかげで、病があけたときには久々に体が休息した実感があった。有無を言わせず身体に休息をとらせるためには、病気も必要だったわけだ。
緊張と興奮のM.コルボ日本ツアーは、ようやく終わった。テレビでしか見たことのなかったサントリーホールでの最初の演奏会は、2000人の聴衆を前に第一声を発するまでの時間がなんと長く感じられたことか。ページをめくるごとに印をつけている自分のアリアが近づいてくる、鼓動が大音を立てて急速に鳴り出すのと、掌に汗がどっと出てくる。平常心で、なんてできっこない。
目くるめく一週間が過ぎた。一番タフだったのはシェフだ。連日の移動にコンサート、さらに彼はほぼ毎晩事務所の方々に夕食に招待されていたから、平均睡眠時間は決して長くなかったのではないかと思われるのに、御年71歳、すざまじいエネルギーだった。他のソロのメンバーたちも慣れたもので、最年長のマルコスは中途少し体調を崩していたが、みんなケロッとしたもの。公演後体調を崩したのなんて、“ひよこ”の私ぐらいではないだろうか? とはいえ、すばらしい経験だった。私にとっては演奏会5回が、5回とも感動的だった。自分に対するいろんな課題は常に新ただが、舞台の上で受難曲が進んでいくにつれぐんぐん引き込まれ、幾度となく目頭に熱いものがうかんだか知れない。こういう音楽を紡ぎだすミッシェル・コルボという人の、真の姿が現れる表情を目の当たりにしながら共に舞台に立った、という事がどういうことだったのかを、今もよく思い起こす。
幸せなことに、コーラス・オーケストラのメンバーやソリスト達との友情も深まった今回のツアー。また次回5月に会えるのが、今からとても楽しみなのだ。
▲ 福岡アクロスシンフォニーホールにて 2005年 2月17日
3月あたまのフランスは、97年の大寒波以来の寒波到来だったらしい。日中でも氷点下の日が何日か続いたらしく、パリの友人たちは春一番が吹き小春日和だった京都の数日の様子を話すと、大いに“日本恋し”を連発していた。
私は11日にパリに戻ったのだけれど、その日も寒さはだいぶマシになったというものの、どんよりといつもの“The曇天”だったので、”あ~、いよいよ戻ってきたのね“と実感。ところが最近の気象は本当に不可解。10日ほど前からぐんぐん気温が上がって、春どころか初夏並みの勢いで晴天続き。街行く人も半袖やら、薄手のシャツをサラッと着こなして、いい感じ。出足の遅い菩提樹の新芽はおいておくとしても、いつの間にやらマロニエの新芽がどっと顔を出し、ポプラはふしぎなかたちで開花し、こぶしは圧倒的に満開だ。すざまじい春の嵐の後には、2重の豪華な虹が出て、季節はめぐる。
2005年3月27日 パリにて
