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最近は夜10時を過ぎてもまだまだ明るい! そのおかげでなんだか生活時間がずれ気味で、10時ごろに晩御飯だったり、早起きした日などは夜11時を回るととっても眠くなってくるのに、こう明るくては夜の雰囲気が出ない。とはいいつつも、ヨーロッパの気持ちよい季節がまたやってきたのも事実で、さらっとした初夏の空気は何か人を浮き浮きさせますね。

この春は何かと移動が多く、4月から今までにアテネ、アムステルダム、ローザンヌ、ボルドー、ヴェニスなどヨーロッパ5カ国を横断してきました。

初のギリシャでは、アテネにある国立コンサートホール“メガロン”でドビュッシーの“聖セバスチャンの殉教”のギリシャ初演を歌ってきました。ここは東京のサントリーホールと同じ方の設計だそうで、2000人以上を収容する大ホールにもかかわらず、空間の巨大さをあまり感じさせずに、なんだか暖かい腕に包まれ守られているような雰囲気の、とても素敵なホールでした。アテネの音楽好きの人たちの間でも、音響にもプログラミングにも定評のあるホールというのも納得です。

今回のギリシャ初演のコンサートで歌うことになったエピソードを紹介しようと思います。

 

ある11月の寒い雨の日、一本の電話が鳴った。私はその電話の方を直接には存じあげていなかったのだけど、話によると2003年の秋に私が歌ったコンサートの照明技師をされていたそうで、その友人の役者の方が澄んだ声のソプラノを探しているという…。フランスでも滅多に演奏されることがなく、知る人ぞ知るこのドビュッシーの作品、音楽作品に疎い私が知っているはずもなく、見知らぬ人からの突然のオーディションへの誘いに戸惑いながらも、”行きます”と返事をした。ところが予定されていたオーディションの日はほんの数日後で、さらに私はスイスで本番のある日。その役者の方に電話をしたところ、それではなにか私の録音を持ってきてくれ、ということに。理想はその作品の中のアリアをいくつか歌うというのだったのだけれど、楽譜も今日買ったところ、まともに録音できるような部屋もすぐに見つかるはずもなく、結局今までに録音したものでいろんなキャラクターのわかるようなCDを作って、彼女の家に届けた。 

その彼女という人は、往年のフランスを代表する女優さんで70年代にはフランス映画のみならず、ハリウッドでも名女優として名を馳せた、G.パージュさん。またここでも疎い私はそんなお名前を存じ上げることもなく、のん気に言われた住所へCDを届けたのだ。着いた所は古い大きな“館 (l’hôtel particulière)”で、通されたサロンは骨董品や絵画で埋め尽くされ、まるで美術館のようだった。現れたその人は、まさに“Grande dame (大いなる風格のある女性)”で、すでにその住居に圧倒されて小さくなっているかわいそうなひとりのアジア人は、もうコチコチで何をお話していいやらで、簡単なフランス語もぎこちない。さらに彼女の中ではもう“こういう声がほしい”というのが絶対的に決まっているようで、ビブラートの大きなThe opera ! 的な声はNon merci ! だというのだ。そんなこととは露知らない私が持ってきたCDにはプッチーニのアリアなども入っており、いまひとつ説得力に欠ける。一緒に聞いていた時の彼女の表情や一つ一つのコメントにだいぶ希望をなくした私は、お屋敷を後にしたところで悔しくて情けなくて涙が出た。“十分準備が出来てなくても、不完全でも彼女の前で直接歌えばよかった…、そうしたらもっと自分らしく彼女の求める表現ができたのに。なんて私は情けないんだ… ”。 

スイス行きの列車の出る駅までぐちゃぐちゃの顔でたどり着いたとき、わたしはこのまま出発することは出来ない!と思った。スイスはコルボさんとの初めてのマタイの演奏会で、そのことを考えただけでもかなり心臓が飛び出そうだった。“このままスイスに行っても、私、失敗する! 後悔したらいやだ…”渾身の勇気を出して、パージュさんのお宅へ電話した。 “すみません、先ほどのユミコです。この役をやりたいんです、わたしできます。今日のCDは不本意でした。もう一度直接オーディションさせてください!” 今思い返すと、よくそんなこと言えたなあ~と、いい思い出なのだけど、そのときはただ必死だった。 “このCDをアテネに持っていって指揮者やプロダクションの皆さんと一緒に決定して、結果がわかり次第連絡します。でも、このお電話嬉しかったわ。” 彼女の優しい声に、ふっと体の力が抜けた。もうこれで、結果はどうなってもいいや。ローザンヌへ向かうTGV(フランス新幹線)の中でほっとした私は大いにグ~グ~寝たのだった。

 

約束どおり数日後彼女から電話がかかってきた。“まったく迷う余地無かったわ。みんなの意見総一致であなたに歌ってもらうことになりました。詳しいことはまた追って連絡するので、よろしくね。”

 

ちょっとドラマチックでしょう ? 

    2005年 6月15日?あたり パリにて

 

おまけ写真集    

▲  メガロンでの稽古風景。大聖堂の中をイメージした舞台で、これは役者さんだけの場面。


▲  楽譜と台本。
   ドビュッシーの音楽はもちろんのこと、間近で迫真の舞台役者さんの姿に触れ鳥肌が立ちました。

▲  Theアテネ! いわずと知れたアクロポリスのパルテノン神殿。

▲  オフ日に一人旅気分で、4時間ローカルバスに揺られてやってきた、
  “デルフィの神託”で有名なデルフィの遺跡。背にはイオニア海を臨み、まさに絶景。

 

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