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バリトン
フルディム*1(ボヘミア)生まれ。プラハの音楽院で教育を受ける。1981年、オネーギンの役でコンサート形式の「エフゲニー・オネーギン」の上演をもって学業を終える。既にこの年この役でウースチー・ナド・ラベム*2の国立歌劇場で客演している。
以下の国際声楽コンクールで何回も一位入賞。
・カールスバート*3・ドボルザーク声楽コンクール
・トルナバ*4 Schneider Trnavsky声楽コンクール
・Brunn 文化省声楽コンクール
学業を終えて1981年から84年までドレスデンのゼンパーオペラスタジオのメンバー。(ここで「ラ・ボエーム」のショーナール、「ニュールンベルクのマイスタージンガー」のナイチンゲールとして多く出演)引き続きウースチー・ナド・ラベムの国立歌劇場と数年間の契約が続く。プラハ国立劇場ではマルチェロ「ラ・ボエーム」とトム「スメタナ:キス」を同時に客演契約。
日本の堺シティオペラフェスティバルで1987年「道化師」のトニオ、1988年「ドン・ジョバンニ」のドン・ジョバンニとして共演。またこの役でデンマークとオランダで客演。1992年から95年まではウィーンの「シェーンブルンのモーツァルト」フェスティバルでドン・ジョバンニとして契約。更に引き続きこの年、ウィーン室内歌劇場で次の役を歌った:父ブルスキーノ「ブルスキーノ氏」とMaurizio「I quattri rusteghi」。
1995年秋にはスペインでドン・ジョバンニで多く出演している。
1996〜98年はプラハ国立劇場の常任客演者の契約でドン・ジョバンニの役をモーツァルトの同名のオペラで歌い、非常な成功を収めた。更にここでグノーの「ロミオとジュリエット」でMercutioを演じている。
同様に彼はドン・ジョバンニでプラハ国立劇場とともに1997年1・2月の日本公演を成功させた。
音楽劇の領域での多くの出演の他に、ヴォイティヒ・ナレゼネツは楽壇で歓迎される芸術家でもある。多くの契約がウィーンばかりかカナダまで及び、1997年にバンクーバーのオルフェウム劇場でデビューし、1998年にはカルガリーフィルハーモニックオーケストラと共演した。
1999年の契約ではモンテ・カルロ歌劇場(スメタナ「売られた花嫁」)とストラスブールの国立歌劇場があり、後者でも同様に「売られた花嫁」のクルシナ役を演じた。
2001年夏、Garsオペラアリア・フェスティバルでは「トゥランドット」のピンの役をつとめ、前年には「カルメン」のダンカイロと「ラ・ボエーム」のショーナールとしての出演が見られた。
今のところ彼はプラハ国立劇場で再び「ロミオとジュリエット」のMercutioの役で見られることになる。
[訳注]*1:Chrudimボヘミア盆地東部、プラハの東 *2:Usti nad Labemプラハの北西、国境近く *3:Kalsbadチェコ名 Karlovy Varyプラハの西、国境近くの保養地 *4:Trnabaスロバキア西部、国境近く(訳:長尾精)
