2019年のヘンデル作曲「Ezio」の公演を最後に、私自身、もう2度と皆様の前に立つことはないとだろうと思っておりました。それを覆して、再びVOCの公演を企画することになった経緯をお話しします。
2021年から、オンラインでロシア人のバス歌手にレッスンを行うことになりました。発声のテクニックを動画で送って学んでもらい、オンラインでその成果を確認するという方法です。彼の希望は、低い声を出せるようになることでした。
レッスンを始めて約8ヶ月が経った頃、彼が「アジリタ(細かく速い音符の連なりをすばやく歌うテクニック)を習得したい」と言ってきました。そこで、私がこれまで行ってきた練習を具体的な方法として動画にまとめ、彼に送りました。そして、この方法をレッスンしている他の歌手たちに試してもらったところ、今までできないと諦めていたことが可能になると感じてもらえるようになりました。
この経験をきっかけに、今回演奏する「時と悟りの勝利」への挑戦を考えました。難曲が多く、以前は演奏は難しいと考えていた作品なのです。
このテクニックを用いるきっかけになったロシア人歌手と、私が「9月にモスクワに行って若い歌手を育てたい」と話したのは、2022年2月15日のことです。その9日後の24日に、ロシアによるウクライナ侵攻が始まりました。
皆様の温かい支援のもとで演奏できることは、この上ない幸せです。しかし同時に、今も戦いの中にある人々のことを思わずにはいられません。
世界中の人々が、戦争のない平和な日々の中で音楽を楽しめる日が来ることを、心から願っております。
大森先生からお話を頂いた日から今日まで、この作品のことを考えない日はありませんでした。音楽的に難しい、でも本当に魅力的な役「美」。しかも「快楽」を歌われるのは大学院時代からずっと憧れてやまない谷村由美子先生。そんな中で私にこの「美」が務まるのだろうかと、毎日自分に問いかけ試行錯誤してきました。
今から318年前のイタリアで、若きヘンデルが様々な制約の中、パンフィーリ枢機卿の思惑を反映させるミッションも果たしつつ苦心して生まれたこの作品。遥か昔の遠い異国の作品なのに、心にスッと入ってくるのは、私も同じ音楽家として四苦八苦しているからでしょうか。
「美」は「時」と「悟り」の言うことなど聞かず「快楽」を求めてわがままに生きています。でも少しずつ改心し、最後には神様へ心を開き全てを捧げる。この終曲の美しさったらありません。これぞカタルシス。「美」と同じく私たち人間も調子に乗ったり、間違えたり、迷ったり、苦しんだり・・・それでも懸命に生きて全てのことをしっかりと見つめていれば、光差す日がやってくる。フリーランス音楽家の大先輩ヘンデルが、そう励ましてくれているように思えてなりません。
久しぶりのVOCのヘンデル、演奏会ご開催おめでとうございます! 私にとりましては2006年のヘンデル最後のオペラ「Deidamia」公演以来となります。今回、ヘンデル最初のオラトリオ作品に、“快楽 Piacere” という、ちょっと “イミシン” な名前の役で出演させていただきますこと、色々な意味でドキドキしております。
“快楽”という役は、この2文字から連想しがちな表面的な部分からは想像もできないような奥深さがあるのではないかと、練習を重ねながら感じています。6曲のアリアはそれぞれ性格が大きく異なり、声楽的な超絶技巧のみならず、複雑な心理描写が必要とされます。未だ、それを表現できる “器” を持ち合わせていない私にとってはとてもチャレンジングな役なのですが、様々な心境に深く想いを巡らせながら、大森先生はじめ、共演者の方々と共に楽しんで “新境地” を目指したいと思っております。
「悟り(Disinganno)」は、美と快楽、そして時との対話の中で真実を照らし出す存在です。
人は誰しも、美しさや快楽に心を奪われ、時の流れや良心への呵責を忘れてしまいがちですが、悟りはその奥にある真理を見つめるよう促します。
今回この役を歌うにあたり、役柄に導かれ私自身も“悟り”を得たような感覚を覚えました。悟りは厳しさをもって美や快楽を諭しますが、その根底には人間への深い愛があります。
本公演では、聴く人それぞれが自分の心の奥に問いかけるような、そんな「悟り」として、心を込めて歌いたいと思います。
勤務している大学でオラトリオの授業を担当している関係上、学生がソロで歌えるレパートリーを研究する中で、《時と悟りの勝利》に出会った時の衝撃は今も忘れることはありません。これまでヘンデルの声楽作品の中で私が圧倒的に多く歌ってきたのは《メサイア》ですが、ヘンデルの主要なオラトリオは英語の作品が殆どと思い込んでおりました。
《時と悟りの勝利》はイタリア語のテクストで合唱を伴わず、ヘンデルの音楽の源泉が随所に散りばめられており、彼が生涯の最後に作ったオラトリオも英語版(HWV71)ということもあり、研究すればするほど多くの発見を得てこの作品に虜になっている時に、今回の出演要請を頂けたことは望外の喜びでした。その要請を下さった大森地塩先生はこれまで私の人生の中で、必要なタイミングに最も大事なことを与え続けてくださる、かけがえの無い恩師です。願わくば、もう一つのヘンデルのイタリア語作品である《復活》HWV47と大作《セメレ》HWV58はVOCでまだ取り上げられていないようですので、いつか一緒に勉強させて下さい!
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